2014年5月31日土曜日

ひでを

しばらく見てないうちに大変なことになっていました。国兼さん、無事ご帰還おめでとう。一番健康と思われていた国兼、西澤両君が今、健康問題に直面し、ほろほろの仲間全員が同じ土俵に立ったっていうことですね。これからは、一日一日を味わいながら生きて行こうと思っています。
 それはともかく、リラ忌に全員が気づかないとは、記憶力が失せたか、情愛が失せたか。「忘れまい リラ忌の日付 記帳する」です。
 最近のトピックスを一つ。最近知り合った一回り若い知人がおります。某国立大の応用化学卒ですが、修士を出て、就職は三菱化学の四日市研、「配属された研究室の主任が北大の高分子で、ドクターを修めた人でした。」「え?、もしかして青木?」と聞いたら、「え?、良くご存知ですね。」「私と同級です、きっと。」「びっくりしました、世の中狭いですね、優秀で真面目で、尊敬できる人でした。」そんな、落語のようなやり取りでした。これでびっくりしてはいけません。彼の話は続きます。さらに、上を求めて、退社し、アメリカに渡りデュポン社に入社しました。そこにいた先輩が、やはり、北大、高分子を卒業した方でした。「まさか、信田か?」「そう、え?。」「やはり、同級生です。今でも二人と付き合っている」「そうですか、一人ならず、二人まで!」。彼は、十年程前に会社を起こし、特殊なプラスチック素材を研究開発製造しています。その本社が私の家のすぐそばにあります。製造は主に東南アジアに外注(アウトソーシング)させているそうです。
 彼の娘の旦那が近くで飲み屋を始めたそうなので、近く一杯やりに行ってこようと思っています。こんな出会いもあって、まだまだ、人生楽しいです。

2014年5月27日火曜日

函館通信237・・・猫跨ぎ句鑑賞・・・仁兵衛

 「あーリラなんか散ればいい 散って青い葉で私を包んで何処か遠くへ連れてってくれ あーリラなんか散ればいい」という様なライラックの満開の時期だ。昨日はリラ冷えで最高気温が12℃位だった。

��,花冷やバンダナ掛けて猫の通夜・・・冷たさがしんしんと伝わって来た。愛猫はお幾つだったのかな。
��.春月やチリより津波十センチ・・・地球は丸く海で繋がっている事が良く解る。月からその津波を見たらどんな風に見えるのかな。
��.春濤の礁(いくり)に砕け星生まれ・・・波が砕けて星となるメルヘン。
��.鳥曇レール継ぎ目の音つづき・・・昔直線のレールは25m規格だった。その継ぎ目の上を車輪が通るたびにガタンと音がしてその数から直線距離を概算して遊んだ記憶がある。JR北海道には任せておけないが。準特選。
��.晩霜や琺瑯引の猫餌皿・・・通夜を済ませた猫の餌皿に晩霜の取り合わせ妙。
��.如是我聞で始まる写経花杏・・・「にょぜがもん」とはお経のイントロ見たいなものなのだろうか。
��.仏の指に薄きみづかき若葉風・・・まず「みづかき」は「みずかき」と読ませて戴いた。仏の指にみずかきにも驚かされたが七ー七ー五の音律に違和感を感じさせないのも面白いと思った。特選。
��.全三巻北斎漫画春深む・・・北斎漫画は面白いそうだね。
��.春昼や端数うるさき消費税・・・四月以降一円、五円硬貨が良く出てきますな。
��0.大西日蹴り上げて花いちもんめ・・・作者から花いちもんめ遊びが結び付かないのがこの句の面白さかな。

2014年5月25日日曜日

初夏の読書  ・・褌子

  五月に読んだ本。
■クラウス・コルドン『ベルリン1945』
 大作であるが一気に読んだ。米英軍よりもいち早くベルリンを占領した下級ソ連兵の性暴力のすさまじさに驚く。ナチスドイツ軍の侵攻で2000万ものロシア人が犠牲になったが、スターリングラード攻防戦を勝ち抜いたソ連軍はロシアの大地からドイツ軍を追い払い、北ドイツの東プロイセンに突入する。貧しいロシア農民出身のソ連兵が裕福なドイツの農家に驚いて略奪をする様子などが興味深い。
 ポーランドやバルト三国にまで入植していたドイツ人は祖国へと避難する途中で170万人が犠牲になったといわれる。ヒットラーは米英軍の捕虜は比較的丁重にあつかい、ロシア人に対してはユダヤ人同様のホロコースト政策で臨んだ。あまりの苛烈なスラブ人絶滅政策に神経を冒されるドイツ軍指揮官もいたという。
 むかし読んだロシア系ドイツ人が書いた『スターリングラード攻防戦』もすさまじかった。人類史上最大の激戦。赤軍に包囲されたドイツ軍負傷兵が投降を禁止されて何万人と凍死していく様がこれでもかこれでもかと描写されている。人間というものはこういう殺しあいをいつまでつづけるのだろうか。
 いま読み始めたのがアントニー・ビーヴァー『ノルマンディー上陸作戦』
■大岡昇平『ながい旅』
 戦争末期に東海軍区で防空司令官だった岡田資中将の最期を描いている。
 日本本土の無差別爆撃をやったB29。撃墜されたB29搭乗員を処刑した罪で、岡田資は戦後、絞首刑になった。昭和の日本高級軍人にはめずらしく高潔な人物として『レイテ戦記』を書いた大岡昇平だが、岡田中将に敬意をこめて描いている。
■津村節子『紅梅』
 作家の吉村昭が昨年、癌で亡くなった。津村節子が吉村の妻として夫が舌癌から全身に転移して最期を遂げるまでを書いた。小説家夫婦というものの生活ぶりもリアルに描かれていて興味深い。
■吉村昭『殉国』
 15歳の沖縄の少年兵が鉄血勤皇隊員として沖縄本島に上陸した米軍と闘い、捕虜となるまでを生き残った比嘉義一という那覇のタクシードライバーから何日もかけてききとったままを書いている。のこぎりによる手足の切断。泥と血膿とウジ。洞窟に逃げ込んできた日本兵に強要されて母親による幼児の扼殺。手榴弾を支給されて一家全員の自決。これが戦争の実相。
■松本清張『半生の記』
 先月、吉野山の山桜を見物にいって短編『骨壺の風景』を読んだ。清張が43才で小説家として上京するまでの半生が知りたくなった。『半生の記』を読んで、ますます九州小倉の松本清張文学記念館に行きたくなった。
■松本清張『屈折回路』
 われわれが高校生の頃だが、北海道と九州で同時にポリオが大流行したことがあった。
 ある正体不明の細菌研究所の研究員が北海道の夕張や寿都にポリオを調査にいったあと自殺するところから物語ははじまる。
■松本清張『黒の様式』
短編『歯止め』『犯罪広告』それに中編『微笑の儀式』の三作が収録されている文庫本。 『微笑の儀式』は奈良の古寺巡礼にでた法医学の大家が、“古拙の笑い”ことアルカイックスマイルに心を奪われている青年彫刻家とであう話。三作とも甲乙つけがたい面白さ。いま読んでいるのが『十万分の一の偶然』
 

2014年5月24日土曜日

五月度投句・・・猫跨ぎ

  つまり、心筋梗塞ならニトロは効かないということね。普通、怪しいと思ったらカテーテルを入れて造影剤を投与して冠動脈の詰まりを調べるし、詰まったところの処置として、ステントを挿入したりする。そういう検査がないのだから、梗塞の所見はないんじゃないのかな。

それでは、今月の十句。
��,花冷やバンダナ掛けて猫の通夜
��.春月やチリより津波十センチ
��.春濤の礁(いくり)に砕け星生まれ
��.鳥曇レール継ぎ目の音つづき
��.晩霜や琺瑯引の猫餌皿
��.如是我聞で始まる写経花杏
��.仏の指に薄きみづかき若葉風
��.全三巻北斎漫画春深む
��.春昼や端数うるさき消費税
��0.大西日蹴り上げて花いちもんめ

次回は徹底してやる・・・  褌子

そうですか。ニトロが効かないときには、より恐ろしい心筋梗塞の可能性があるのですね。
今井先生はそういうことはいわなかったが24時間心電図は空振りになることが多いといっていた。5年くらいまえに胸のザワザワがでてきたときに、ある診療所で24時間心電図をとって医者が何ともないといっていたのでずっと今回の茅ヶ崎事件まで安心していた。
こんどは24時間心電図を何度もとって、その波形から証拠をつかみたいと今井先生がいっていた。次回はエコーとマスターダブルもやるそうだ。マスターダブルはどういうものかわからないが何だか怖そうな名前だ。しかし看護師さんが可愛いので、まな板の鯉となってがまんしよう。

ニトロが・・・猫跨ぎ

  ニトロが効かないのなら、心筋梗塞を疑わねば。24時間心電図は以前やったのでは。動脈硬化についての所見はどうだったのか、など疑問はいろいろあるね。
まあ、召されるときは召される。基本的には、大きな運命だと私などは思っているけれど。あと、五年か十年か知らないが、召されるときに、やり残したことが無いようにしようと言うことだね。

2014年5月23日金曜日

循環器クリニックに行ってきた・・・・・  褌子

   きのう、イマイ循環器クリニックに行ってきた。
  症状を初診カードに書き込み、血圧をはかり、お小水・血液・心電図・レントゲン撮影をして今井先生に面接。せっかく一ヶ月分測定した血圧計のデータは「手首で計る家庭用血圧計は誤差が多いからなあ」と先生は見向きもしない。
  診察結果は、とくに緊急事態というわけではないが、胸が明け方にザワザワする証拠、日中でも胸痛が起こる証拠をつかまないと適切な処置ができないので、24時間心電図をまずとりましょう。ザワザワ感や胸痛が起きたときに直ちにニトロを舌下にいれて、治まるようなら狭心症の可能性が大きい。ニトロを2錠も使っても治まらないなら狭心症ではなさそうだ。枕元・鞄・財布に常時携帯して症状が現れるや直ちにつかってみなさい。
『先生、ニトロは舐めたり飲んだりしたらダメですか?』
『ダメです。必ずベロの下です。舌の下に大きな静脈があってニトログリセリンが直接、吸収されて血管を拡張する特効薬です。ゴクンと飲んだら胃腸→肝臓経由で血管に入るから時間がかかりますよ』
『ニトログリセリンって爆薬の原料ですよね大丈夫ですか? それに友人が劣化すると言っているんですが…』
『口のなかで爆発しませんから安心しなさい。揮発性があって賞味期限があります。たくさん出しておきましょう』
  珍問答になったが性格の好さそうな先生だった。国兼さんみたいに直ちに三途の川まで行って引き返すという事態はとりあえず免れそうだ。
  さて、仁句鑑賞。
��.一か月傾いたまま鳥帰る
     一か月傾く、がわからない
��.角番のまわし叩いて夏に入る
 バンとまわしたたいて気合いをいれて。いい風景だな。
��.麦の秋二円切手を買ひにゆく
8%になって小銭ばかりがふえちゃって…
��.青嵐切り取られた十頁
『アンネに日記』切り取り事件を連想した。
��.五月雨や否と挙手する勇気なく
    町会長の評判が悪いが、交代する人がいなくて困っている。わたしのところまで頼みにきたが断った。みんな自分がやるのはイヤだから町会総会黙っている。
��.送られる筈が送りてライラック
    リラ忌だね 
��.陽を零す青葉若葉の挟間かな
    函館は新緑の候なんだろうね。こちらはそろそろ梅雨入りだ。
��.夏きざす枕の高さ替へてみる
    こちらは十年一日のごとく、古い枕だ。
��.郭公やダム放水の釦押す
     初夏の樹幹からカッコウの声が遠く近く聞こえてくる。
     夜半の豪雨をいっぱいためた深山のダムだね。準特選
10.デコポンのいびつを買ひて夏燕
     デコポンはポンカンと清見オレンジの交配種だそうだ。誰がつけたかネーミングがいい。文旦・小夏・ハッサク・イヨカン・・・みんな名前が定着した

タイ政変・・・猫跨ぎ

タイでクーデターだという。立憲制になってから19回目のクーデターとか。このところ国情が安定せず、反政府デモ、総選挙だ、ボイコットだと果てしもない。国軍が仲立ちをして、政府側、反政府側代表がテーブルにつき自説を述べあって、埒が明かない。そのさなか軍代表が「はい、そこまで」と制止し、「権力を掌握する」と宣言し、たちまち両代表は拘束されたという。そして直ちに戒厳令の布告。国中大騒ぎになるかとおもいきや、意外に平静で、街中の座り込みは、三々五々撤去を始めた。全くの無血クーデターだ。これも異様なら、ちょっと前、タイ憲法裁判所が首相に倫理を欠いた行為があったとし違憲で失職を宣告した。首相はさしたる抵抗もせず辞職した。
なにか、別世界の出来事に見える。まず、軍のクーデターだが、実力行使と言ってしまえばそれまでだが、この超権力的行為を、タイではだれも不思議に思わないらしい。軍にこんな権威を与えたのは誰だ?
憲法裁判所もそうだ。日本で言えば最高裁が総理大臣に、あんたクビ、というようなもの。一体誰がこの裁判官たちに、スーパーパワーを与えたのか。
日本では国権の最高機関は国会で、第一党の政党が行政権を掌握するが、常に国会が上位にあるという意識は揺るがない。私はそれが常識だと思っているが、タイはそうで無いらしい。王政を引いている。どうも、軍も裁判所も国王の意を体しているということを何となく諒解しあう空気があるように思う。
権力の淵源を辿ると、いつも不思議な感じがする。中国もそうだ。一般国民にとって周近平とは誰か。一私党である中国共産党の党首であるに過ぎない。それが、プロレタリア独裁というレトリックで、絶対的な権力を握っている。それにかりそめにも疑問を抱くことなど決して許さない。
我々は西欧型民主主義が正しいと思いそれに従っているが、周りを眺めると決して多数ではない。

2014年5月21日水曜日

26.5月仁句鑑賞・・・猫跨ぎ

ウコンでの黄疸は違う。むかし代用食のカボチャの食い過ぎで顔が黄色っぽくなった人がいたがあれはカロチンとか色素のせいだ。ウコン大量摂取の場合もそうだろう。黄疸は病気。肝臓機能低下などで胆汁の異常分泌のせいだ。まあ、なんでも限度を越えてはなあ。

��.一か月傾いたまま鳥帰る
ここ一ヶ月の異常な気象を指しているのかな。こちらからは一ヶ月以上遅いね。
��.角番のまわし叩いて夏に入る
夏場所も後半戦。遠藤も角番を迎えそうな感じ。彼は角力巧者ではあるが、大型力士の間に入るとはちょっと小さい。馬力任せに一気に来られると苦戦しそうだ。そこをどう乗り越えるか。
��.麦の秋二円切手を買ひにゆく
このところ端数が煩いね。二円切手は買い過ぎても困るしね。
��.青嵐切り取られた十頁
アンネ本のことかな。いやな事件だが、あの愚かな行為に及ぶ情熱は奈辺から来るのか。歪んだ自己顕示なんだろうが。
��.五月雨や否と挙手する勇気なく
「では、反対の方、挙手願います」。さて、どんな場面だろうか。
自治会か、はたまた秘密保護法、集団的自衛権の問題か。
��.送られる筈が送りてライラック
昔の甘酸っぱい思い出かな。準特選。
��.陽を零す青葉若葉の挟間かな
これは、大人しい写生句。
��.夏きざす枕の高さ替へてみる
私は寝付きの良いのだけは自慢で、枕の高低は余程の事がなければ気にならない。季節と共に調整は要るのかな。
��.郭公やダム放水の釦押す
そういう場面に立ち会ったのだろうか。
10.デコポンのいびつを買ひて夏燕
デコポンが出始めたね。たしかに季節感はあり、たしかに変な形をしている。特選。

2014年5月20日火曜日

國兼式健康法に感謝しつつ・・・褌子

  ひごろ健康に留意している國兼さんには健康法において多大な影響をうけている。
 本欄をお借りして深甚からの謝意を申し上げたい。
 まずフンドシ、國兼家令婦人忍様御手縫いのフンドシを愛用させていただいていたがあるよんどころない事情(本欄では秘す)でトランクス型にもどってしまった。日本男児として恥ずかしい。
 つぎに靴下。靴下は氏にすすめられて足指が分かれているものを愛用している。水虫対策といざというときに足に力が入るというのである。結局、冬季のみ足親指だけ分かれているものになってしまったので水虫は治らないが、おかげで何事も逃げ足が速くなった。
 國兼氏の学説によれば酒は薩摩の芋焼酎のお湯割りが健康にいいそうだ。國兼家では九谷焼の壺に純金の蛇口をつけて、常時飲み放題らしい。小生も二十五年もの薩摩焼酎を一升瓶に量り売りで買ってきて、これはかなり真面目に実行しているが、暑くなってきたら冷たいビールになってしまった。
 ウコン、國兼さんは毎日、ウコンをカプセルにつめて飲んでいるそうだ。氏のツヤツヤした美しい黄色っぽい肌はウコンのせいであろう。私もあのような美肌になって女房を年甲斐もなく誘惑したくて鬱金カプセル剤を飲もうと思ったが、ウコンを栽培している近所のおじさんがウコンを飲み過ぎて黄だんになったときいて今躊躇している。ユンケル黄帝液のほうが効くのではなかろうか。
 忠実に実行しているのは國兼氏にすすめられて毎食後に整腸剤を飲んでいることである。武田のビオフェルミンとか三共のザ・ガードとか、きちんと三錠ずつ飲んで製薬会社の業績に貢献している。おかげで快食快眠快通どころか、快通快通快通で腸の具合がまことによろしい。
 以上、いろいろ國兼式健康法の一端を書いてみたが、結局、何といってもダントツに効き目がある超絶健康法は、日頃からお隣にお休みになっていらっしゃる奥方様を大切にして、いざというときの救命処置を果敢にとってもらう、これに限るということが今回の茅ヶ崎事件ではっきりした。
猫跨ぎ氏によれば「冠動脈痙攣収縮性狭心症」とはポックリ病のことらしい。
 小生も國兼さんとかなり似た自覚症状をかかえている。いっきにポックリと逝けるならそれがオトウサンにとって一番シアワセなのではないか・・・などと小生の愛妻が万一、いざというときにそんな英断をくださないように毎日女房を大事に大事にして生き延びていきたい。

函館通信236・・・間一髪・・・仁兵衛

国兼さん状況良く解りました。貴兄が発したうめき声を奥様が的確に判断されて素早い処置を取られた事がまさに間一髪の命の分かれ目の様に思えます。耳が少々遠くなってきている内のお隣さんはブログを読んでとても奥様のようには動けないだろうと言っています。私も同様です。充分に養生して下さい。

函館は連休中に桜が終り緑の滴るいい季節を迎えています。ライラックも少ないながらいつもの通りの艶やかさを付けています。しかし俳句の方は相変わらず四苦八苦。宜しく。
��.一か月傾いたまま鳥帰る
��.角番のまわし叩いて夏に入る
��.麦の秋二円切手を買ひにゆく
��.青嵐切り取られた十頁
��.五月雨や否と挙手する勇気なく
��.送られる筈が送りてライラック
��.陽を零す青葉若葉の挟間かな
��.夏きざす枕の高さ替へてみる
��.郭公やダム放水の釦押す
10.デコポンのいびつを買ひて夏燕


2014年5月19日月曜日

完訳日本の古典   ・・・褌子

   猫跨ぎさん ありがとうございます。
  近日中に労災病院に行こうと思います。医療費も1割負担のうちに。
  酒は一合に減らします。日本酒よりも赤ワイン愛用します。ご飯は三杯は厳につつしみます。一杯をよく味わって食します。まず、毎朝、きちんと血圧を計ります。台湾にいっしょに行ったおじいさんが買ってくれたオムロンの血圧計です。三回も台北に同行してあげた高血圧症のおじいさんは台湾では倒れることがなかったのですが、花見の同級会で1時間くらい倒れたそうです。おじいさんが台湾で入院したら大変なことになるところでした。
  ながねん懇意にしていた安本老人も二月に肺がんで亡くなりました。いま豪邸の一階部分をディサービスに貸そうと相談中です。たくさんあった骨董品や什器類もどんどん処分しています。50年間に数千万円かけて集めた骨董品が数十万でたたき売りです。ディサービス用に改装前に、安本老人の書棚から『完訳日本の古典』(全60巻・小学館)と昭和56年にでた集英社版の『漱石文学全集』(全10巻)をもらいました。
 『完訳日本の古典』は①古事記、②~⑤万葉集からはじまり、58巻目が蕪村・一茶集、59~60巻が山本健吉編の『古典詞華集』で終わっています。集英社版の漱石文学全集は岩波版の向こうを張った凝った造りで編者は伊藤整、荒正人。装幀が津田青楓、ぱらぱらとめくると今関一馬の挿絵がまたいい。岩波版よりずっと江戸っ子の漱石らしい味わいがある。
 ポプラ社からでた『完全復刻版夏目漱石文学集』というのも、文学少女の奥さんを亡くし老人ホームに入ったあるお年寄りからもらったのですが、たとえば『門』をみると明治四十三年十二月印刷とあり、実価金一円三十銭 著作者夏目金之助 発行所は日本橋の春陽堂とある。
  こういう本はめくっているだけで楽しいものだ。だから、まだぽっくりと逝きたくないので労災病院の心臓内科を訪ねることにしよう。

年齢相応に、か・・・猫跨ぎ

深刻だね。早々に心臓内科の専門医の再診を受けるべきだろう。
その他の我々としては、第三者的に言えば、確たる原因がはっきりしないから、ストレスの少ない規則正しい生活習慣で日々送るしかないということか。
国兼さんは煙草は完全禁煙(これはとっくに止めるべきだった)で、早寝早起きか。
褌子氏は、飯の大食をほどほど、酒もほどほどということだろうが、全般的にせわしなさ過ぎたのではないか。そういう生活習慣ですね。
結局は、お互いに年齢相応に則を外さず生活しようということ、そして予兆があるらしいから見逃さずということか。
そういえば昨日、大相撲の元魁傑がゴルフ練習中に逝った。こちらは虚血性の心不全とか。心筋梗塞だね。彼も何かの予兆があったのだろうが、今となっては何を言っても後の祭りだ。

リラ忌については、ひでを氏に仮託して、献句を作っておいた。何年経ったのかな。
リラ冷えや歩き疲れし夜の微熱

生きるか死ぬかそれが問題じゃあ・・・褌子

  五本さんごめんね。5月17日はリラ忌であったことを失念しておりました。時間の感覚がはっきりしなくなってきた。    リラ忌きて今が未来やそして過去。 
  国兼さんの貴重な情報で、あっというまにポックリ逝くか、ひょっとしたら長生きできるかのボーダーライン上に私もいることがわかった。国兼発言は女房にも読んでもらおう。
 ■頻度は一週間か10日に一度くらいかもしれないが、明け方ごろ寝ていて胸がざわざわする現象があります。5分くらいで消えるが何か不快です。不整脈とはちがう。文字通り、胸がザワザワと焦燥感につつまれる感じだが痛くはまったくない。安静に寝ているときに起きるのが不思議。すっと消えるのでふだんはまったく意識しないが忘れた頃に起きる。
 ■もう一つは左胸全体がじわーと痛くなる。これは日中でも起きる。じわーと痛いが会話などは可能。5分くらいで、すーと嘘のように消える。これも週一か10日に一度くらいかもしれない。
 両方とも10年くらいまえからの現象だ。四五年前に、医者に相談して24時間心電図をとってもらった結果、何ともないと医者はいうが…
 医者からもらっているニトロは一年くらいまえのものなので、劣化していることも今回の国兼発言でわかった。
 國兼大明神に感謝感謝。はるか茅ヶ崎方面をあおぎみてお灯明をあげて一礼二拍三礼しよう。

2014年5月18日日曜日

内助の功(続き)…国兼

皆さんもやはりこの年代になると、自分の健康や気になる体調異常に関して関心が高いようで…。アノ世に或る日突然の片道切符で逝くのではなく、出来れば往復切符でと・・。
 褌子さんの胸の現象は私と実によく似ている。朝目覚めた後に起こる心臓周辺の言葉では言い表せない不思議な苦しみというか、胸をかきむしられるような不快な現象で、汗がじっとりと滲み出る。その現象も10分前後で収まる。収まった後はあの不快なでき事を忘れてしまう程の元気そのものに戻る。その為に、数ヶ月後にまた起こるまで旧と変わらぬ生活をエンジョイし、不快なことを失念してしまう。かっては数か月の時間間隔で起こっていたあの不快な現象が、倒れたその週は毎日のように生じた。おかしいと思い、2年前に脳こうそくで通うようになったかかりつけの医者に相談に行こうと思っていた矢先に倒れてしまった。
 この狭心症は冠動脈の血管に異常な痙攣と収縮を与えるようなもの、その最たるものの一つがタバコであり、私もカミさんよりも長く50年以上も長く付き合ってきた仲良しのタバコとお別れした。また、ダラダラと深酒も良くないということで、目下9時前後には寝ることにした。フーテンの寅さんではないが、恥多き積年の罪深い人生を反省し…といった所だろうか。
 冠動脈が長く詰まって心臓の細胞が壊疽状態になる心筋梗塞だとニトロは効かないようであるが、狭心症の場合はニトロが有効である。 目下ニトロの舌下錠は肌身離さず携帯している。退院後未だこの薬のお世話になったことはないが、湿気に弱く賞味期限は半年ぐらいという。
 まだ書き足りないところがあるが本日はもう既に寝る時間である。

狭心症か・・・猫跨ぎ

「冠動脈痙攣収縮性狭心症」ですか。狭心症のひとつとか。私は心筋梗塞だとばっかり思っていた。これは別物ですね。種類は色々あるらしいが動脈硬化とは直接関係はなくて、原因ははっきり判らないらしい。いわゆる「ぽっくり病」なんかは、たいていこれなんだろう。
国兼さんは今後ニトログリセリンは常備だね。一般的な注意事項は何だろう。関心のある向きが多いので、この際、教えて下さい。
不謹慎な言い方だが、逝くときはこれがいい。(これは独り言)
これで逝くのも、隣にいる奥方に助けられるのも、まあ全て運命だね。

2014年5月17日土曜日

RE:内助の功    ・・・褌子

  「冠動脈痙攣収縮性狭心症」ですか。
  わたしも明け方などに、ときたま、数分であるが胸がざわざわとしたり、じわーと左胸が痛くなる症状があるので危ない。
  医者に相談して、24時間心電図をとってみたが何ともないという。「先生、狭心症ですか」ときいたら、狭心症は冷や汗がでるくらい、とてもがまんできるような痛さではない。あなたのは狭心症とはいえないが、いちおうニトロを常時携帯してください、というのである。じわーと痛いのは肋間神経痛かもということであった。
  今回の国兼事件を参考にして隣に寝ている女房に平身低頭して延命対策を頼んでみることにした。とにかく毎朝、まじめに血圧をはかることにした。
  国兼さんのその後の傾向と対策など詳報をひきつづきお願い申しあげます。

2014年5月16日金曜日

内助の功・・・・国兼

  カミさんが具体的にどういうことをしたのかは、私も意識を失っていたのでとんと知らない。後から話を聞いてみると、6時15分ごろにまた寝ようと布団にもぐってすぐに「ウオ―」というような常にない異常な声を私が出したらしい。カミさんの良かった所はその異常な声に敏感に反応し、寝息を確認し、呼吸していないことに気が付いた点である。驚いてすぐに心臓マッサージをし、寝室が二階だったために電話が無く、私がマッサージでフートか息をもらした瞬間に脱兎のごとく一階に下りて携帯電話を持って上がり、119番へ電話しながらマッサージをしたらしい(今は事故対策として2階に携帯電話を持って上がることにした)。救急車が来るまで心臓マッサージをしてくれたらしい。このカミさんの迅速な心臓マッサージによる初期対応により、幸いにも脳へのダメージも後遺症なく元気に退院できた次第。 このカミさんの処置によりアノ世をさまよったのは半日ぐらいで済んだ。後の9日間はこのような発病をもたらした原因を調べるための検査である。
 
 病名は「冠動脈痙攣収縮性狭心症」という長い病名であるが、要は心臓を動かす心筋に血液を送る血管の異常による血液不足である。何故血管が痙攣し、収縮するかは多々原因があるらしい。その後、私もインターネットで心臓マッサージを詳しく調べた。次にカミさんが私と同様のことが起こったら、その時には私がと・・・。
今にして思うに、持つべきものは普段は横に只寝ているだけの何とも思っていない空気のようなお方の存在であると。感謝!!感謝である。

2014年5月12日月曜日

函館通信234・・・他人事ではない・・・仁兵衛

 国兼さん、逸徳さんの云う通り正確にはどこが悪かったのかもう少し教えて下さい。
 隣で寝ているかみさんにもよく説明しておこうと思います。10日間も意識が無いままベッドに居たんですか。
 奥様の処置はかみさんも大変関心を持ってブログを読んでいます。

 逸徳さん、こちらは別の意味で大変ですね。
 私も先日介護認定を受け要支援2と判断されました。
 認知度合いはまだまだ何もありませんがパーキンソンは認知症に近づき易いといわれ要注意です。
 老老介護の疲れから体調を壊さぬ様くれぐれも気を付けて下さい。

大変でした・・・逸徳

最近周辺で、健康にかかわる事件が続き、関心が深くなっていたところへ、国兼さんのニュースにおどろきました。 これは脳梗塞ではなく心臓のほうだったのでしょうか。 それと、奥方の救急処置、関心があります。どういう対応だったのか参考にご紹介ください。ぜひぜひ・・・・おくればせながら、我が家の奥方にも勉強してもらおうかと。

で、79になるおいらのたった一人の兄貴が倒れた。 事情があり、独居老人である。家族はいない。で、おいらに世話が回ってきた。静岡に通う日が続いている。話にきく老老介護である。施設にいれたが、認知症が出てきた。 夜間譫妄がでて、対応に悪戦苦闘中。くたびれはてつつある。 ・・・やがてくる みちとは聞けど このみちが こんな道とはおもはざりけり・・・である。 落ち着いたら、人間のいないあの北海道の牧場にもう一度いってこようかなあ。 といった状況。参った。 

2014年5月10日土曜日

おいおい・・・猫跨ぎ

  ちょっと今回の一件は洒落にならないね。まさに、奥方のお蔭で死地よりの帰還というべきか。私などはさしずめ、数日後発見されて、またも孤老逝く、という小さい記事― 記事にもならんか―そういう事だろう。
貴兄は、去年だったか、言葉のもつれがあったが、間違いなくその流れの一環だろう。あれが大きな予兆だったということだ。くれぐれも養生専一で過ごして頂きたい。いい奥さんが傍にいて、一命をとりとめる。これも多分決められた運命なんだなあ。

RE お迎えが    ・・・褌子

   国兼さん。三途の川の途中から引き返してよかったですね。
  二十年くらいまえに、町会長になったことがある。老人クラブの行事があって、町会の70歳以上のお年寄りを車で迎えにまわった。玄関をぴーんぽーんと押して、でてきた家族に「おじいちゃんをお迎えにきました」と告げて近くの小学校体育館まで四人ばかりのおじいちゃん、おばあちゃんを案内して喜ばれた。
  ところが、あとで「こんどの町会長は、うちのじいさんをお迎えにきた・・・」といって連れて行った、と話題になったそうだ。あのころまだ、こちとら若干50才だったなあ。こんど町会から「お迎え」がきたら、そのむかし話で笑って老人クラブ行事参加をやんわりお断りしよう。

2014年5月9日金曜日

お迎えが・・・国兼

   3月頃にこのH.Pに今年は何故か成田山や川崎、川越の大師を訪れ、お迎えが・・と書いたことがあるが、本当にお迎えの使者がくるとは…と驚いた次第。

 4月26日の朝6時10分前頃に、この10日の間に継続して起こった胸の痛みで目をさまし、1階に下りて冷水を飲んだ。胸の痛みが治まってきた6時10分頃、血圧測定の異常もないようなので2階に戻り、時計を見ると6時15分頃だった。起きるのはまだ早いと思い、もうひと寝入りと思って寝たところがそこで意識を失ったらしい。
 途中の記憶は、息苦しくそれを取り除こうとしてもがいたことと、ちんぽこに管か何かをグサッと挿入された際の痛みと、麻酔の注射か何かを挿入された痛みである(カテーテル検査をやっていたらしい)。何が起こったのかよく分からないままに、意識が或る程度戻った時にはカミさんや娘や息子が救急救命室のベッドの傍らに立っていた(カミさんの電話で「チチシス」と受け取ったらしい)。

 看護婦さんから「とっさの状況で良く対応された奥さんのおかげですよ、命の恩人ですよ、」と言われたが、ピンとこなかった。が、その後巡回に来た医者に聞いたところ、初期処置が良かった由、後遺症もなく帰れますと。ウームと、カミさんは週1回の水泳教室でたまに人命救助の訓練を受けるらしいが、それが今回の私の意識不明の心肺停止の対応に大いに役立ったようである。芸(技術)は人を助けるという教訓のようだ。
 ともかく、10日ばかりあの世とこの世の境を放浪してきた。彼の岸はどんな景色であったか、次回に会った時にお話ししよう!!!いずれにしても亭主関白からカカア天下へと移り変わる或る出来事なのかもしれない。

 それにつけても、褌子さん夫婦はお二人であちこち楽しそうで、、次の機会には私も婿殿に・・・と考えている次第。

ヒトツバタゴ  ・・・褌子

   きのう、千葉市の大学病院近くの県立公園「青葉の森」を散策した。女房が、ヒトツバタゴの花が真っ白に美しく咲いているから見に行こうというのである。もと農林省畜産試験場跡地で広大な土地に巨樹が見事。
とくに印象に残ったヒトツバタゴ、ハンカチの木、ギョリュウを写真で紹介する。

■ヒトツバタゴ■
一つ葉タゴという名が気に入った。タゴとはトネリコの方言らしい。トネリコは漢字で書くと難しく小生のパソコンではでてこない。漢方生薬の秦皮を製すが、野球のバットやスキー板をつくるので有名。
トネリコの葉は複葉なのであるが、ヒトツバタゴが文字通り、単葉つまり一つ葉だからヒトツバタゴと名がついた。モクセイ科ヒトツバタゴ属。中国、台湾、朝鮮半島に多いが日本では対馬、岐阜県の木曽川流域、愛知県の一部だけに生育し、珍しい隔離分布の形態。シマトネリコの株立ちは庭木としても人気がある。


■ハンカチの木■
ハンカチツリーという名が気に入った。トイレのそばに植えておくと手をふくのに便利かも。
フランス人アルマン・ダビッド神父が中国四川省で発見した。(神父は1869年にジャイアント・パンダも発見している。もっとも発見といっても「西欧人が発見」して世界に発表したという意味か)
中国南西部にだけ自生するオオギリ科の1科1属1種の珍しい木。日本には1952年にはじめて小石川植物園に植えられた。写真のように小さな花を10数センチくらいの白い柔らかな薄いハンカチのような花包がつつんでいる。





















■御柳■
ギョリュウという名が気に入った。中国西部原産で木ヘンに聖と書き、「ていりゅう」と中国では呼ばれるが古くに日本に到来しタマリスクともいわれて和風庭園にもあう。春夏の二期、淡紅色の細花を総状に密生。説明がめんどうなので写真をごらんあれ。
※ハンカチの木と御柳の写真が逆になっているようだが細かいことは気にしないでほしい。