2013年12月4日水曜日

台北の紹興酒は美味い・・・褌子

 近所の82才のおじいさん夫婦の相談事で、いま台北のホテルにいる。おじいさんと同居している独身の弟が脳梗塞で倒れ動けなくなり意思表示もできない。その弟が年中、台湾に出かけていたというので、私が弟の部屋にあったたくさんの名刺に電話をかけまくって台湾の魯慶志さんという事業家に雇われていたことをつきとめたのである。おじいさんが高血圧なので懇願されて同伴、台北の魯さんの会社を訪ねたのが9月。今回は台湾南部の高雄の実家からでてきた魯さんと三人で台北のホテルに同宿している。
 三日間、福華大飯店ホテルで「陳年紹興酒」を飲みながら老人ふたりの話に耳をかたむけた。
 魯さんは昭和7年生まれで日本語が話せる。福建省から三百年以上前に高雄に移り住んで八代目。客家ではない。家系図があって先祖代々の商人。魯さんは20才で結婚し、ひ孫が五人。一番うえの曾孫が中学3年だが「ひいじいちゃんのような立派な商売人になりたい」といっているそうだ。そうすると11代目だとうれしそう。若い頃からアメリカ、日本などで夢中で働いた。いまは北欧の機械メーカーの台湾代理店だが81才で若い社長に譲り高雄に引退したばかり。魯家は商人の家系だが子供が親の商売を継がない。若いうちに失敗を体験し「失敗は成功のもと」にするんだ、という。悪いことはしない、困っている人を助ける、いつも神様に感謝して生きる、この三つを守れば必ず商売は成功し幸せになります、とのこと。
 同年の奥さんは熱心な仏教徒で、肉も魚も食べない。毎朝1時間もお経をあげている。魯さんの商売のことは全くわからず、7人の子供を育てることに専念してくれた実に優しい女なんだと女房自慢。奥さんは認知症がすすみ、今話したばかりのことも忘れるんだという。よくホテルから携帯電話で高雄の奥さんに電話をしている。同じ話を何度も何度も。
 八〇過ぎのお年寄りふたりとも高潔な人柄で学ぶものが多々ある。台北に来て三日間、閉口するのは、ふたりとも夜7時過ぎには寝て、朝の2時ぐらいから交互に起きだし、しょっちゅうトイレに行ったり薬を飲んだり、咳をしてはお茶を飲んだり、日本からおみやげに持参した血圧計で血圧はかったり。昼食後に2、3時間くらい昼寝するのも日台のお年寄りで共通。
・・・おれもあと10年生きると多分こうなるのだなあ。食事もゆっくりゆっくり。銀行への往復もゆっくりゆっくり歩く。
 台北はいまの時期、暑からず寒からず。昨日はタクシーで故宮博物館へ行ったら中国から観光客が押し掛けているので入館制限があるといわれてあきらめてホテルに帰って三人でまた昼寝。タクシーの中は日本のカラオケばかりで賑やかだ。台湾人は中国のことを「大陸」というが人は中国人という。台湾は中華民国だが自分のことを台湾人といっている。国父孫文の辛亥革命から102年経っているので銀行の為替レートの電光板には「民国102年12月3日」とあった。魯さんは台湾出身(本省人)ではじめて首相になった李登輝をいちばん尊敬しているという。ご先祖様は大陸人だが、魯さんは身も心も台湾人なのである。
 眼光はするどいが笑顔がすばらしい愛すべき台湾人と知り合いになった。銀行との協議で、次回は3月に三泊四日で来ることになった。
 いずれ、高雄の魯さん宅を訪ね、玉山=新高山にも行ってみたいものだ。

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