2012年4月21日土曜日

脚気には征露丸・・・褌子

  「茶のしずく」といううまいネーミングの石鹸の添加物が猛烈な小麦アレルギーを発症させるとは恐ろしい。
  今はやりのヒアルロン酸とかコラーゲンとかも回春薬みたいにみんな怪しい。
  さて、脚気といえば征露丸。いまはラッパのマークの「正露丸」(大幸薬品)となっているが、もともとは日露戦争時に脚気の薬として大量使用されたのがはじまりだという。「クレオソート丸」という名前が、ロシアを征伐する「征露丸」となった。
  もちろん脚気=細菌説の森陸軍軍医総監も征露丸の使用に熱心だった。陸軍では毎日、脚気予防に征露丸を服用させたが、もともと“脚気菌”なんていないのだから薬効むなしく日露戦争では陸軍兵士25万人が脚気に倒れ、27,800人が死亡した。 (こんな脚気哀史は司馬遼太郎『坂の上の雲』にはでてなかったが)
  仁丹もそういえば将軍マークだ。仁丹は日露戦争中に「病原菌をよせつけない懐中薬」として大量発売された。創業者の森下博が明治四年の台湾出兵に同行した際、現地の住民が服用していた丸薬をヒントに「最良なる毒消し」として開発し発売。ここでいう「毒」とは“脚気菌”をはじめチフスやコレラや梅毒のこと。大正期に入ると、当時猛威を振るっていたコレラに対しての予防を森下仁丹は前面に打ち出し庶民のあいだで爆発的に愛用されることになる。
  日本兵士は福助の軍服を着て征露丸や仁丹を背嚢にしのばせて明治38年以来一度も改良されなかった旧式銃三八銃で敗戦まで戦い続けたのである。
  もっとも陶器の筒状で携帯に便利な石井式濾過器は中国大陸での不衛生なたまり水も日本兵が飲用可能にするうえできわめて効果が大きかったと、多田重男さんという元衛生兵だった近所のおじいさんから昔きいたことがある。(衛生兵のいちばんの仕事は「従軍慰安婦」の性病検査だったそうだ)
  森村誠一『悪魔の飽食』で生体実験などの悪事が暴露され衝撃をあたえた関東軍防疫給水部731部隊の石井四郎部隊長が開発した石井式濾過器である。

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