滝川の事件はちょっと覚えていない。マスコミの癖として、悪者を作り、それを血祭りにあげるのは常道だ。もう枚挙に暇がない。社会的に上であればある程よい。引きずり下ろす快感を大衆に提供する。今思い出したのは、雪印食中毒事件。社長のインタビューで「俺も疲れているんだよ」の数秒の画面が繰り返し報道され、雪印けしからんの大合唱となった。このインタビューは、雪印に居た井筒君の話では、二十分にわたったものだった。対策とか事故対応を色々言っていたのに、それは全く報道されていない。
しかしこういう側面もある。大衆がそれを望んでいるからだ。マスコミの下品さは大衆の下品さの反映だと思う。そういう記事が売れるのだろう。
いじめは古今東西あるのだろう。いずれも大人の社会の反映だろうね。我々の子供の頃は、相対的に少なかったし、単純だった様に思う。地域社会がそれなりにしっかりしていたし人と人の触れ合いはもっと濃厚だったからではないか。弱い者いじめは少なかった。遠足で身体の弱い子を、誰が言うともなく手を貸したように思う。
今のいじめの陰湿さ、しつこさ、複雑さは、地域社会の崩壊とか、先への不安とか、大人社会がしっかりしていない反映だと思うね。大人の苛立ち、不安感、孤立感、そんなあれこれが、子供社会に反映しているのではないか。
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