2013年8月29日木曜日

ついでにこれやあれや・・・国兼

そうか!!やはり死にそうな目にあったのだ。でも、女房も逃げずに、かいがいしい看護のもとで・・・元気を回復したようで何よりです。
 天竜浜名湖の旅も思い出すナー。台風みたいな風雨に見舞われ、幹事の英蔵さんが列車に乗り遅れたりと・・・。その時宿泊した真砂館で何を食べたか忘れたが、名前だけは不思議に覚えている。そう、その旅の浜松駅近くで食べたウナギのお茶漬けは絶品だった(その後のほろほろ会の鯖街道の店で食べた鯖の焼寿司、私はこの2品が特に印象に残っている)。でも、1年後にその鯖の焼寿司屋からハガキが来て横浜のデパートに行って買って食べたが、なんていうことのない平凡な味であった。やはり、旅の最中のその地元で、おなかを減らし、旅の仲間とバカ話しながら食べる味とは異なるのであろう。

 褌子さんからこれまでのホロホロ会の歴史的旅の記憶をということであるが、私も脳梗塞で脳の記憶回路がショートしてしまった。でも頭の中は混乱していても、記録・・・写真というビジュアルな、どこに行ったか、誰がいたのかという確かなものが現存している。いずれアルバムをひっくり返し、語ろう。確か最初の高分子4期生の会(ホロホロ会という名はずっと後である)は48年ごろの奥多摩だと思っている(まだカメラを持っていなかったのか、証拠写真がない。英蔵さん、仁ベエさんの記憶はいかが???)

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