2014年4月11日金曜日

ホロホロ‘14年春の集い…国兼

   昨年は春の大嵐のため中止と相成ったが、今年は陽気なお天気で何よりであった。3年ぶりに、函館から参加された仁べえさんはじめ10人の仲間(下記写真)が
上野の水月ホテル鴎外荘(その昔、鴎外が住んでいた旧宅で、舞姫や於母影を書いたらしい。知らなかったが、また東京初の天然温泉宿)にてひと時の歓談に花を咲かせたしだい。

 足腰が弱くなったり、病魔に襲われ思うように身体がいうことを聞かなくなったりという仲間の話に、70を過ぎた皆々もいつこの身にと・・・(残念なのは、このような結構な話の間に、常に横から全く次元の異なる話を持ち込むお方がいて、話が腰折れになることである。他人の話に静かに耳を傾けるというマナーをと思う。次回には手塚治虫の「三つ目がとおる」様の「絆創膏」を褌子さん、是非用意して下さい)。

 鴎外荘に集合する前に、足腰がいまだ健在な5人が1時に王子駅に集まり、飛鳥山の桜の花びらが散る中ウオーキングを楽しんだ。奇しくも、今日の朝日の夕刊に飛鳥山の花見のことが記載されているが、8代将軍吉宗の時代に江戸庶民の憩いの場所として1200本余りの桜を植樹したらしい。この飛鳥山から音無し川を挟む王子神社に至る通りは茶店で賑わい、一大行楽地であったらしい。
 飛鳥山では明治以降の洋紙産業発祥の地(後の王子製紙)としての「紙の博物館」、及び陸奥宗光の別荘で後に古川財閥が購入した「古川庭園」(バラの花が有名らしく、コバさんは5月頃にこの西洋館の中とバラ園見学とを予約したとのこと)の庭園を鑑賞した。帰りには英蔵さん御推奨の茶店で「みたらし団子」を一串食べ、元気を取り戻して鴎外荘へと。
 仁べえさんが言っていたが、上野の桜を愛でるこの「ホロホロ春の集い」も振り返ってみると25年ぐらい経過したらしい。来年の春も元気に再会をと。
 年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず、明年花開いて復誰か在る

0 件のコメント:

コメントを投稿