わたしも核兵器にすぐ転用できる「原子力の平和利用」なんてのは嘘っぱちだと思うようになった。しかし、すでに世界中に建設されてしまった原発と膨大な核廃棄物を人類が安全に解体し処理する上でも原子力(核)の研究だけは国家プロジェクトとして続けるべきだと思う。
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いま、有吉佐和子『複合汚染』をもう少しで読み終わるところ。
昭和49年に朝日新聞朝刊小説欄に八ヶ月間連載された。当時、わたしも朝日をとっていたが『複合汚染』は評判になったが読んだ記憶がない。いま、寝床で読んでいるのは昭和54年発行の新潮文庫だが、奥野健男の解説がついている。
奥野は当時、朝日新聞の連載を読みながら内心忸怩たるものがあったと告白している。 以下、引用する。
・・・工大の化学科を「ポリペプタイドの合成研究」という卒論ででたあと大手電機メーカーの研究所で丈夫で長持ち、腐らず分解しない夢のプラスチックの研究をしてきた。当時、プラスチックが重大なゴミ公害となることを予見し警告したひとはいなかった。PCBももっとも無害な理想的な物質だと思い込んでいた。PCBが魚の体内で濃縮され、それを食べる人間にとりかえしのつかない害をあたえるなどと警告する人はまったくいなかった。わずか十年前の1960年頃のことである。人間というのは利口そうだが、実は浅知恵で馬車馬的で、立ち止まって広く深く総合的に考える能力に欠如している生物であるらしい。ぼくは自分の自然科学者、技術者としての体験から、しみじみそう思う。ぼくが科学技術の世界から、文学の世界に移った底には、科学技術、経済、政治などの昼の実世界を破滅に向かって突っ走る人類をフィードバックさせるのは、文学、芸術あるいは哲学、宗教など一見虚に思われる夜の瞑想的想像の世界しかないという考えがあったように思われる。有吉佐和子は文学という武器をもって云々・・・
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これ以上は引用しないが、わたしも若い頃、昭電鹿瀬工場の排水が新潟水俣病の原因ではないかというニュースを横目に、化学工場の農薬製造で水銀を扱ったことがあるから身につまされる思いで読んだ。。
『複合汚染』は農薬、化成肥料、合成洗剤などによる現代日本人の食物汚染の恐ろしさをこれ以上ないというほどのわかりやすさで告発した風変わりな小説である。ダイオキシンのことも花粉症についてもまだ触れていない。原発と放射能のことは数行ふれているだけ。
TPP。
日本の食糧自給率いまも31%、TPPで13%になると農水省も推計し発表している。海外から農薬、防腐剤づけの危ない食料をこれ以上、日本の子供たちに食わせて良いはずがないではないか。
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