近所の豪邸に住む保本おじいさんとはミツバチを通じて親しくなった、じつに好々爺。
ところが、おじいさんが病気になってしまった。病院から戻ってきたが、庭のミツバチの世話もできなくなり、秋には天敵のスズメバチに襲われ、冬には凍死するはでミツバチは全滅してしまった。そうそう、奥さんが逸徳さんに蜜蝋くれたね。
そのおじいさんから、もう老い先短いと骨董品の処分を頼まれている。三人の子供は骨董には興味がないし、都会のマンション住まいだと置く場所もないというのである。(ついでにいうと私も骨董品は興味がない。というのはウソで輪島塗りの逸品があったらなあとさもしい欲心がつい…)
そこでインターネットで調べたら銀座の古美術商が無料で出張鑑定、査定いたしますと書いてあるので「渡辺崋山とか下村観山とか、おじいさん自慢の清朝皇弟の書とかいろいろあります」とメールしたら車でお伺いしますとのこと。
きょうの午後、保本邸のあっちこっちの棚をあけて大広間いっぱいに骨董品を並べる手伝いをした。掛け軸が五〇本くらい、桐の箱に入った皿とか鉢、壺が大小七〇個くらい、彫刻、風鎮、絵画類、常滑、越前などの大壺、火鉢まで出てきた。が、漆ワンはすでに自宅でつかっているもの以外には幸か不幸か出てこなかった・・・・。
80才近いおじいさんにはどれも思い出のあるものらしく、おじいさんの親からの相続財産が半分、半分は自分が必死で働いて買い集めたものだとベッドの上でいちいち講釈してくれるのでやたらと時間がたつ。白髪のおばあさんは、「主人がギャンブルや女遊びに走るよりは、骨董品に稼いだ金つぎこむのならと我慢してきましたよ」と御主人の前でにこにこしている。いい夫婦だなあ。
やがて銀座の古美術商の山田社長がワゴン車で保本邸に入ってきた。
山田社長の黒革のかばんには相当の現金が入っている様子だが、このブログは誰でも読めるので鑑定や査定の結果はここには書かないし、すべて仮名であることもご容赦ねがいたい。
さて鑑定とは真贋、査定とは時価相場を提示することである。山田社長は某新聞社のカルチュア講座で古美術鑑賞の講演を午前中にしてきたばかりだといっていた。古美術商も不況なのでアルバイトでカルチュア講座にもってくる骨董品の鑑定をしてやると、生徒のおじさん、おばさんが喜んでくれるとのこと。
仕事を終えてお茶になり山田社長の話が面白かったので、いくつか書いてみよう。
・地方の旧家とか豪農の土蔵にはいまも骨董品がいっぱい詰まっているが、古美術といえるものがまずない。古美術商からみると、骨董はがらくたなので骨董市に流してたたき売るしかない。古美術は芸術品なので高く売れれば非常に儲かるが、いいものは博物館、美術館にすでに集まっている。
・奥能登の南惣美術館の話をわたしがしたら、山田社長が行ったことないと笑って地方には怪しげな面白い私設美術館がありますねえ…というので、でも「何でも鑑定団」の中島先生が絶賛している古伊万里がありましたよ、といったら、中島先生も好人物だが時々「故障」するんです。(故障? たしかにコショウと聞こえた)古美術の研究家とか学者は、ああいうテレビに出ませんよ、とのこと。ハンケチを口にあてて掛け軸の鑑定するおばさんもテレビにでているけど、といったら、彼女は「故障」しないひとですよ、でも何でテレビにでるのか、よっぽどギャラがいいのか… おっと余計なことはいわないようにしましょう。
・地方よりも、東京の旧財閥系の縁戚筋の地下室とか旧華族の蔵などからは逸品がでてくるので、根気よく訪ね歩いているが商売敵が多くてねえ。(ここらへんは松本清張『真贋の森』にもでてくる話。応仁の乱で京都に集まっていたものがいったん壊滅し、江戸期のいいものは大名家が買い占めるので、地方の地主など旧家にはいまはもう一級の美術品はまずないようだというのだ)
・掛け軸は和室や床の間がある家がなくなっているので売れない。在庫が千本もあって処分に困っている。大観など有名作家の真物がでてきても話題になるだけで、すぐには売れない。税金の関係もあるので美術館に損して寄付することが多い。
家新築したひとは玄関用に名前の知られた平山郁夫などを喜んでかけている。
・中国から来た絵、書、陶器がいいものだと非常に儲かる。中国の金持ちが戦前祖国から日本に流出したものを高価で買いとってくれる。蒋介石の書は台湾だからダメ。魯迅や孫文がでてこないかと探している。むかし市川にいた郭沫若も中国では人気があるので探している。
・清朝皇帝の弟は書をたくさん残しているので、案外価値がない。(山田社長もこの有名な皇弟を生前、北京に訪ねてさらさらと陶淵明の詩を書いてもらい額装しているが売れないとこぼしていた。この話で保本老人かわいそうに、しょげてしまったが贋物でないことははっきりしたし何でも鑑定団に応募したが採用されなかったとぽろり。下村観山と渡辺崋山のことはここには書かない。有名でも多作の作家は安いし、寡作ならばいい値がつく)
・自分はこの世界に入って40年たったがいまだに贋物つかまされることがあります、と一生懸命にベッドのうえで元気なくしている保本老人を励ましている。山田社長は根はとてもいい人なのである。門まで送っていったら銀座に来たら寄ってください、この世界の面白い話いっぱいありますよとのこと。
・車に乗る社長に、小生が含羞のおももちで女房の高知の実家でもらってきた大町桂月の掛け軸のことをきいたら、桂月は能筆だから日本中歩いて、あっちこっちで酒席で頼まれて書いている。下手に表装などしてない原物なら三千円でひきとりますけど…とのこと。先年、佐倉までいって表装しなおして三万お礼したのにチキショー。
―――――結局、権力者や大金持ちだけが死蔵している古美術品よりも、民衆が日々つかう民俗家具や実用の食器などにこそ真実の美があると柳宗悦や朝鮮にいた浅川巧などがいいだして民芸運動をおこすのであるが、そんな話までは山田社長から伺う時間がなかったのは残念。
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