すでにごぞんじかもしれないが、二本松市のゴルフコースが原因をつくった東電に汚染除去を求めて、仮処分を申し立てたことに対して、答弁書で東電が主張したことの中にこの言葉が出てくる。 それにたいして、東電は原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって東電は除染に責任を持たないと主張した。
・・・・放射性物質はもともと無主物であったと考えるのが実態に即している。無主物とは、漂う霧や海に泳ぐ魚のようにだれのものでもないという意味だそうだ。したがって放射性物質には責任者はいないというのである。・・・・さらにつづけていう。…仮に所有権を考えられるとしても、すでにその放射性物質はゴルフ場の土に付着しているはずである。つまり東電が放射性物質を所有しているわけではない。・・・・飛び散った放射性物質は、もう他人の土地にくっついたのだから、自分たちのものではないというのである。そして裁判所はゴルフ場の訴えを10/31に却下した。・・・・・・
無主物、だれのものでもないのだから責任をとるものはいない。感動的な論理だ。おどろいてなにもいえん。だれかためしに東電を弁護してみてほしい。どういう理屈が可能になるのだろうか。 この「無主物責任」ということば。ぜひ流行語大賞に推薦したい。 はやるかもしれん。
おいらが、満員電車の中で屁をするとする。みんなはにらむ。しかし、屁は無主物であるので、おいらには責任はない。・・・・ 汚い廃棄物、液体がいいだろう。これを他人の土地にすてる。それはもう他人の土地にくっついたのだから、自分たちのものではない。したがって責任はない。・・・・・うーんおおいに活用できそうなことばである。
0 件のコメント:
コメントを投稿