2010年12月1日水曜日

ローマ字文を読んで・・・国兼

何十年ぶりかにローマ字綴りの文章を読んだ。読みづらいと言うか、頭の中で、カナ/漢字変換をして読んでいる気分である。カタカナばかりの、或いはヒラカナばかりの文章を読んでもこれと同じなのだろう。漢字の持つ表意文字の有りがたさが身にしみる。

 終戦後、アメリカの教育使節団が来て日本を軍国主義に導いた教育制度とそのような背景を作った漢字を廃止し、ローマ字綴りにするよう勧告した。こんな難しい漢字を使っているから国民は新聞も読めず、軍の言いなりになったのだと。喜んだのは日本のローマ字会とカナ文字会のメンバーで、勧告を採用するよう活発にGHQや日本政府に働きかけた。中には、志賀直哉のようにこの際日本語を廃止して、フランス語にと言う人物もいた。
 アメリカの優れたところは、実際に日本人の識字率を統計学的サンプリングにより広範囲に調査を行ったことである。その調査からの日本人の識字率(97~98%)の高さにアメリカは驚いたという(進駐軍の中で自分の名前も書けない兵隊がかなりいたらしい)。この調査以後、アメリカは漢字や日本語に関して一切口を出さなくなったという。

 やや突飛ながら、俳句をローマ字つづりで書いて見る。例えば猫跨さんの秀句
 Hitujidano tohoki denshano otohibiki
漢字が出てこないと感じ方もかなり異なり、味気なさのみが残る気がする。以前、司馬遼太郎と赤尾兜子の対談の中で俳句は「目で読む」ものだと書いてあったが、17文字と言う短い表現の中で漢字、漢語の意味する奥深さが俳句にとって重要であると。漢字を廃止して日本がローマ字やカナのみを使う国家になっていたら、俳句を詠む人は殆どいなくなるのではと思う。
 常用漢字が200語近く増えると言う。結構なことだと思う。「熊」と言う字も今まで常用漢字に入っていなかったとは驚いたネ。九州の熊さんもようやく大手を振って漢字で標記できますね・・・。

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