・曲屋の三和土波立つ秋日かな
特選。曲家のなかは暗い。かすかに煙たい。秋の外光が屋内にさしこみ、三和土のゆるやかな凹凸を私もみた。三和土のすみっこに大きな土でつくった平たい竃があった。
移築されるまえに、この寒い南部の地のこの曲家に大勢の人の寝起きがあり生老病死があったことだろう。家族同様に馬が飼われ、軍馬として「出征」し大陸から帰ってこなかったことだろう。
そんなことは知らぬげに曲家の軒下に石蕗の花がのんびり咲いていた。
曲家から帰るときにドライバーの菊池さんが「この木なんだかわかりますか」とみんなにきいた。豆科だ、ニセアカシアに似ているが木ささげ?槐か?…などと騒いでいると皀莢=サイカチだという。電子辞典を忘れたのでサイカチのサイは齋だなどと知ったかぶりをしたが、皀莢だ。20センチもある堅い豆の莢(さや)が黒びた褐色になって落ちている。女房にお土産に拾った。皀莢にはどんな花が咲くのだろう。千葉の館山にも有名な皀莢の巨木があるらしい。猊鼻渓でも船頭が川端の皀莢を紹介した。ここでも泡がたって石けん代わりに昔のひとが使ったとsaponinの話を船頭がした。
・五百羅漢の巌に還る秋時雨
朝一番に遠野の五百羅漢に行った。山道をすこし登っていくと、苔むした岩が転がっていて、
仏の顔が彫ってあることがかすかにわかる。秋色濃いブナや欅の林が静まりかえっていた。
写真をとろうとしたが、今回の旅にカメラも電子辞書も家に忘れてきたことに気づいた。
・上り月遠野の暗き道広し
「語り部」で呑んで旅館にかえるとき、誰も歩いてない真っ直ぐの道がかすかな月明かりのなかにどこまでものびていた。
・神のゐる気配のなくて秋の海
こんなに静かに秋の日にきらきら輝いている平穏な海が、あの日に限って牙をむいたのか…
・サルビアのますます赤き駅舎跡
陸前山田町だったか鉄路のわきにホームと駅舎の基礎だけが残っていた。コスモスが悲しげに風に揺れていた。
・草の実やピアニッシモの重機音
瓦礫に立ち向かう重機の音
・むつつりと仮設を抱き秋山河
宮古から大槌に向けて山越えするとき峠にたくさんの仮設住宅がみえた。
・腰板まで津波てふ店今年酒
宮古の立派な鮨屋。小綺麗な店だったが腰板まで津波がきたときいて驚いた。
・沈黙の車内にひとつ秋の蝿
陸前高田の惨状には息をのみました。準特選
・サルビアや鴎は海をふり向かず
海猫と鴎の違いを菊池ドライバーに教えてもらいました。
鴎は渡り鳥で冬期に日本にやってくる。
海猫は鴎の一種だが渡り鳥ではないらしい。とすると三陸の海岸に群れ飛んでいたのは海猫か。
掲句のサルビアの赤、海猫の白、海の青の対比。海猫もあの日の真っ黒に膨らみすべてを無慈悲に飲み込んだ巨大な津 波をみたはずだ
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