2012年3月30日金曜日

判断の座標・・・猫跨ぎ

  科学は常に中立で客観的で、判断の座標になるかというと、勿論危うい。新学説でそれまでの定説がひっくり返ることはよくある。進化論は正しいかという議論に決着がついていない。光より速いものはない、そんなこと太陽が東から上がるくらいに当たり前と言っていて、ニュートリノの例の実験が発表されて、おやそうかと定説を簡単に否定すべく腰を浮かせた学者も少なくなかったのではないか。実験が間違っていたらしいということで落ち着きそうだが。学者も見えざる価値観に依っている。
ところで、貴方は原発賛成派ですか反対派ですかと言って専門家の色分けをするのは、理科系の議論ではなく社会学だね。マッカーシズムに思考がよく似ている。革命派か守旧派という文革時代の中国とか。

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