2012年3月2日金曜日

辻井喬『父の肖像』・・・・褌子

    先行きあまり時間がない(笑)ひとにおすすめ。
   辻井喬『父の肖像』
   辻井喬は詩人、作家にしてセゾングループの総帥だった提清二のペンネーム。
   こんな面白い小説よんだのははじめてといったらいいすぎか。
   近江から裸一貫で上京した少年提康次郎が、西武グループを興し、かつ大物保守政治家にのぼりつめて死ぬまでを書いている。父康次郎は幼くして生母と別離したが作者自身も同じ運命をたどることになる。実の父ではないかと疑う作者と康次郎との確執。戦後まもない日本共産党入党と八ヶ岳の結核療養所のころの青春時代。
   推理小説、心理小説のようでもあり経済小説、政治小説でもある。明治20年代から60年安保がおわるころまでを描いた歴史小説ともいえるかもしれない。
  優れた推理、心理小説というのは、康次郎の弟夫婦の子として育った作者自身は、戦争末期に実の父が康次郎であることをつきとめ、それでは実母は誰かと母親探しをはじめるからだ。『父の肖像』は自分の肖像でもあって、父を書いている息子自身の父と自分の関係への今のゆれうごく気持ちがしょっちゅう文に登場するのだから、よほどの実力がなくてはこんな小説を成功させることは不可能であろう。
   父康次郎のすさまじい女性遍歴とたくさんの子供たち。何十年も父に反抗しつつ父の残した事業をつがざるをえない葛藤。
   提義明など一族の名前はいちおう仮名だが、よくもこれほど何もかも正直に書いたものだ。ひとは親だけは選べないものなんだなあとあらためて思ったり、身内に小説家がいてあらいざらいやられたらたまらないだろうなあとも思いつつ、透明感のある洗練された描写にひきずりこまれるように長編を読み終えた。
   (保守政治家や財界人の醜悪ぶりも書いている。安保改定の前夜、岸にたのまれて訪米する父の秘書として、作者がマッカーサーやアイゼンハワーに会う場面も面白い。マッカーサー自宅の「日本の間」は日本の有力者の貢ぎ物で埋まっていたそうだ)

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