繭玉はなつかしい。佐渡では「めだまさし」といったとおもうが、枝に餅を小さく丸めてくっつけた。左義長のころまで神棚を飾っていた。おカイコ様を飼っていた頃からの農家の習わしらしいね。日本書紀に養蚕の話がのっているからかなり古い風習かもしれない。
昨日の雪は千葉県では数年ぶり。十センチ以上も積もった。
昨日はいちにち読書三昧。『城下の人―石光真清の手記』を一日で読み終えた。熊本の士族で明治元年の生まれ、西南戦争の熊本城攻防戦を子どもの目でくわしく描写している。さらに陸軍のエリート将校になってロシア皇太子を巡査が襲った大津事件を体験、日清戦争とそれにつづく台湾「征討」の従軍記をたんたんと綴る。家族、親戚関係の悩みも正直に記されていて明治の士族の一家の雰囲気がただよっていて実に面白く読んだ。薩長土肥の肥は肥前で、肥後熊本は新政府の出世仲間からははずされている。
樋口一葉が貧乏のどん底で「たけくらべ」をつづっていたころ。思春期のころのもうひとつの明治日本。
先日紹介した会津人柴五郎の遺書をまとめて出版した石光真人は石光真清の息子である。『城下の人』も父が秘かに書き綴ってあったものを死後、息子が発見して昭和18年に出版されたものらしい。
日清戦争で妙に自信がついて急に背伸びして日露戦争勝利で天まで舞い上がり、一路アジア侵略に猛進した祖国日本への批判が、この手記出版にはこめられているように思った。
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